「兄弟の血」Aルースルンド&Sトゥンベリ [本]
アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ著。
先日読んだ「熊と踊る」の続編です。
刑期を終えて出所した長男レオが、獄中で出会った男と共に、自分を逮捕した警部への復讐を企てるストーリー。
大胆不敵な略奪計画の成り行きは、スリリングで引き込まれました。臨場感溢れる描写が秀逸です。
更生した弟たちも巻き込まれてしまうのか、深い闇を抱える警部の予想外の行動など、ハラハラの展開でした。
前作同様、過去と現在を行き来する構成が効いて、レオの破滅的な生き様に胸が締め付けられます。犯罪者としてしか生きられないレオは、とても興味深いキャラクターでした。
「熊と踊る」は実際の出来事も含んでいましたが、本作は完全なフィクションとのこと。特殊な環境下での家族の関係性、それが人間形成に与える影響を、より深く抉っていて、前作以上の面白さでした。
「ミレニアム 死すべき女」ダヴィド・ラーゲルクランツ [本]
「ミレニアム」三部作の著者、スティーグ・ラーソンの死後、ダヴィド・ラーゲルクランツが受け継ぎ執筆した三部作の三作目です。
登場人物が多く、慣れない発音の名前が多いので一気に読まないと人物の相関関係を忘れそうなのですが、そうでなくても先が気になって一気に読ませる面白さでした。
ストックホルムで発見された身元不明の男の死体。そのポケットにはミカエルの電話番号が入っていた。ミカエルは男の死を巡る謎の解明に乗り出し、リスベットに調査を依頼する。その頃リスベットは身を隠して双子の妹カミラとの対決に備えていた。
相変わらず頭脳明晰で孤高に生きるリスベットが格好いい。敵には容赦のない彼女が、信頼する人に見せる不器用な優しさには切なくなります。
冷静沈着な彼女がカミラの存在に心が揺れる姿には胸が痛みました。
一作目から読んできて、ミカエルとリスベットの一心同体のような強い絆が好きでした。これでもう二人に会えないのかと思うと寂しい限りです。
「熊と踊れ」Aルースルンド&Sトゥンベリ [本]
三人の兄弟と幼馴染みの男が、軍の武器庫から大量の銃器を奪い、凶悪な銀行強盗を繰り返す様を描いた犯罪サスペンスです。
スウェーデンで起きた事件をモデルにしていて、作者の一人ステファン・トゥンベリは実際に事件を起こした三人の他の兄弟というのは凄い。その所為もあってか、用意周到に次々と銀行を襲撃する描写はリアリティがあります。
面白いのは、犯罪をベースにひとつの家族の愛憎が繊細に描き出されているところ。「カラマーゾフの兄弟」みたい。暴力的な父親に育てられた三兄弟と一家の過去、兄弟の絆、父親との関係性など、人物の内面に迫る文章に引き込まれます。担当刑事の家族のエピソードも気になる・・・。
最後はどこか悲しい余韻が残ります。読み応えある作品でした。
「ミレニアム」シリーズも手掛けたヘレンハルメ美穂さんの邦訳は自然でとても読み易い。続編も気になるし、アンデシュ・ルースルンドの他の著作も読みたいと思います。
「サロメ」原田マハ [本]
オスカー・ワイルドが著した背徳の戯曲「サロメ」。その挿絵で一躍時代の寵児となり、25歳で夭折した天才画家オーブリー・ビアズリーの壮絶な人生と、”「サロメ」出版の秘密”をテーマにした伝記フィクションです。
女優としての野心に燃え、弟オーブリーに異常なまでの執着を示す姉メイベルの視点で、激しい愛憎の世界が展開します。
オーブリーとワイルド、メイベル、更に男色家ワイルドの愛人を加えての、どろどろした四角関係。常に破滅の予感が付きまとう物語にぐいぐいと引き込まれます。フランス語で書かれた「サロメ」の英訳を巡る秘密が明かされた時は、あっと驚かされました。
ビアズリーの絵は目にした事はあると思うのですが、じっくり鑑賞した事はありません。これほどまでに激しい人生だったことはとても興味深かった。
原田マハさんの解説が面白いので、読んでいるうちにビアズリーの絵を観たくて仕方なくなります。
退廃的で危険なワイルドに魅了されるオーブリーを救い出そうと画策するメイベル自身が常軌を逸して行く・・・。そして皮肉な結末。
人物描写が上手いので、彼女の行動に説得力があり、ゾクッとする怖さです。最後の方には、メイベルと”悪女”サロメが完全に重なって見えました。
オーブリー・ビアズリーには選ばれた天才だけに見える世界があったのだろうと思うと、怖いけれど魅惑的です。
とても読み応えのある小説でした。
「美しき愚かものたちのタブロー」原田マハ [本]
日本の実業家、松方幸次郎が1916年ごろから10年間で収集した西洋の美術品「松方コレクション」。第二次世界大戦時にフランス政府に接収されていた作品は、戦後の粘り強い交渉の末、一部を除いて1959年に返還された。
この時のコレクションの受け入れ先として建設されたのが、2016年に世界文化遺産登録された国立西洋美術館でした。
本著では、松方幸次郎の波乱万丈の人生、彼が収集したコレクションが辿った苦難の歴史と関わった人々、そして国立西洋美術館が完成するまでの経緯が描かれていました。事実を基にしたフィクションです。
”事実は小説より奇なり”の通り、ドラマチック過ぎる、夢のような冒険譚にワクワクでした。
松方幸次郎という人物と西洋絵画に魅せられ、日本に美術館をという夢の実現に人生を賭けた人々の情熱の人間ドラマはとても感動的。第一次世界大戦前後から第二次世界大戦後まで、時代を前後に切り替えながらの原田マハさんの軽快な文章に引き込まれます。
人間を動かすタブロー(絵画)の力と、それを守り継承していく事の意義についても深く考えさせられました。
美術史家の田代雄一が、異国の風景や本物の芸術作品に触れた時の感動の描写は生き生きとして感情移入させられる。特に松方氏と共にジヴェルニーのモネを訪ねるエピソードは興味深かった。フランスに行きたい、ルーブル美術館に行きたい。本物の絵画を観たい。私も憧れの想いが込み上げて来ました。
コロナで休館していた美術館再開も決まったようなので、もう少し落ち着いたら、国立西洋美術館にも行こうと思っています。
「天地に燦たり」川越宗一 [本]
直木賞受賞作「熱源」をいつか読みたいと思っているのですが、その前に、2018年の川越宗一氏のデビュー作を読んでみました。
豊臣秀吉の朝鮮出兵から島津の琉球国制圧までの詳細が描かれ、知らなかった歴史の部分でもあるし、とにかく面白かった。
島津家に仕える侍大将、商人に姿を変えた琉球国の密偵、朝鮮国の被差別民の青年。三人の男が自身の誠を尽くし、動乱の世を逞しく生き抜く物語です。
戦の場面は迫力溢れる文章に引き込まれ、著者の知識量や鋭い考察力に驚かされました。
何のために戦うのか、何のために生きるのか、重いテーマですが考えさせられます。
戦争の惨さは読んでいて辛いですが、それぞれの国、立場で貫く彼らの矜持は清々しく格好良かった。
別々に描かれる三人の人生が徐々に交わって行く様はドラマチックです。ラスト、異なる道を駆け抜けた彼らが、礼を持って対峙する姿は感動的でした。
根底に儒学の思想がありますが、共感できる教えが多く興味深かったです。
「戦下の淡き光」マイケル・オンダーチェ著 [本]
マイケル・オンダーチェ
田栗美奈子訳
”1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した。”
謎めいた文章から始まります。
戦時中に諜報活動に携わった母親の秘密を、主人公が少年期の回想と共に考察する物語。当事者だけでなく、後世にも暗い影を落とす戦争の怖さが伝わって来る内容でした。
時間軸や現実と憶測の境が曖昧で、捉え所のない文章ですが、その心地良さに引き込まれます。
著者は「イングリッシュ・ペイシェント」の原作者で、本は未読ですが映画のふわっとした感覚は似ていると思いました。
ふと、昔の記憶や、昔に抱いた感情が蘇る瞬間があり、甘く切なく胸を揺さぶられます。
ふわっとしたまま読み終えたのですが、主人公の人生に想いを馳せ、後からじわじわと哀しいような切ないような、気持ちが心に広がりました。
田栗美奈子訳
”1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した。”
謎めいた文章から始まります。
戦時中に諜報活動に携わった母親の秘密を、主人公が少年期の回想と共に考察する物語。当事者だけでなく、後世にも暗い影を落とす戦争の怖さが伝わって来る内容でした。
時間軸や現実と憶測の境が曖昧で、捉え所のない文章ですが、その心地良さに引き込まれます。
著者は「イングリッシュ・ペイシェント」の原作者で、本は未読ですが映画のふわっとした感覚は似ていると思いました。
ふと、昔の記憶や、昔に抱いた感情が蘇る瞬間があり、甘く切なく胸を揺さぶられます。
ふわっとしたまま読み終えたのですが、主人公の人生に想いを馳せ、後からじわじわと哀しいような切ないような、気持ちが心に広がりました。
「万波を翔る」木内昇 [本]
木内昇氏も好きな作家です。
開国から四年、幕府は外国局を新設したが、高まる攘夷熱と老獪な欧米列強の開港圧力というかつてない内憂外患を前に、国を開く交渉では幕閣の腰が定まらない。切れ者が登庸された外国奉行も持てる力を発揮できず、薩長の不穏な動きにも翻弄されて・・・勝海舟、水野忠徳、岩瀬忠震、小栗忠順から、渋沢栄一まで異能の幕臣そろい踏み。お城に上がるや、前例のないお役目に東奔西走する田辺太一の成長を通して、日本の外交の曙を躍動感あふれる文章で、爽やかに描ききった傑作長編!
下手な感想よりも、この紹介文だけで本著の面白さが伝わるのではと思います。
実在した人物が登場する歴史小説。主人公の田辺太一は名前も知りませんでしたが、幕末から維新にかけて外交に携わった実在した幕臣です。
茶目っ気があって猪突猛進型の太一が、愛すべき主人公なので、感情移入してすいすい読めます。彼が江戸言葉で思った事をずけずけと言い、様々な上司の下、様々な同僚の中で、悩みながらも逞しく立ち回って行く様にわくわくしました。
ユーモアある人物描写と、緊張感溢れる物語の展開は流石です。
開国当初の外交はこの様な状況だったのかと、とても興味深かったです。日本の未来のために外交面で戦った人々の熱い想いに感動。味わい深い物語でした。
「戦場のコックたち」深緑野分 [本]
「ベルリンは晴れているか」がとても良かったので、深緑野分さんのこちらの小説も読んでみました。
第二次世界大戦に戦地に赴いた兵士たちの体験が描かれます。
語り手のコックの青年兵士に共感しながら読み進みました。
戦争の残酷さが伝わる文章ですが、そんな中でも兵士同士の絆が生まれる様子がしっかりと描かれています。戦地で起きた事件を兵士たちが生き生きと解決するエピソードの数々は引き込まれます。
物語を通して生身の人間の姿が浮かび上がり、その尊い命が奪われた事実を改めて身近に感じさせられました。
「オーブランの少女」も読みました。
短編集です。どの物語も良かったです。特に、架空の国に起きた悲劇を描いたファンタジー『氷の皇国』は好きでした。
軽快に読ませながらも重厚感のある深緑野分さんの文章は魅力的。シーンのひとつひとつが目に浮かび、映画やドラマを観ているような気分にさせられます。
今後の著作にも注目したいと思います。
「ベルリンは晴れているか」深緑野分著 [本]
ドイツが降伏し、ポツダム会談が開かれようとしていた1945年7月。焦土と化したベルリンで戦火を生き延びた主人公のドイツ人少女アウグステが辿った壮絶な運命が明かされます。
アウグステは一人の男の死を知り、ある人物を探す決意をする。思いがけず行動を共にすることになった泥棒で元俳優の青年との旅の様子と、過去の出来事とを交互に描きながら、アウグステと彼女が関わった人々の凄惨な戦争体験が畳み掛けるように語られます。
アウグステはなぜその人物に会うのか、常に付き纏うソ連NKVD大尉の目的は何なのか。ミステリアスなストーリーと緻密で力強い文章に引き込まれました。
ナチス政権下から終戦後までのドイツの人々の苦難がずっしりと胸に応えますが、読書の満足感が味わえる作品でした。
新聞の書評を読んでからずっと読みたかった本です。図書館で予約していたのですが人気書籍とあって約半年待ってやっと借りる事ができました。今年は本の記事ももっとアップできたらと思います。